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三菱重工新卒採用スペシャルサイト

世界を変えるきみはどこにいる

写真:安井久子

キャリアインタビュー

人として確かな絆が育つ土壌をもつ、
大きくてあたたかい会社。

安井久子

防衛・宇宙ドメイン 航空機・飛昇体事業部 企画部 次長 [1986年入社] 学芸学部数学科卒業

入社後の初仕事は、フルスケール無人機の自動操縦モードの開発

 安井久子が三菱重工に入社して最初に担当することになった仕事は、1986年までに退役したF104戦闘機の無人機化改修プロジェクトだった。
「現役を退いた機体は通常なら廃棄してしまうところですが、遠隔操作で飛行できる無人機にすれば空対空戦闘の標的機として活用できます。当時、そのような開発経験を持った米国のメーカーをサブコントラクターとして従え、開発をスタート、試作機2機、量産機12機を手掛けました」
 国内初のフルスケール無人機なだけに意義は大きく、若手中心のメンバーが開発チームにアサインされた。
「リスク低減のためにF104既存のシステムと新たな無人機用システムを併用して使い分ける、といった方針のもと進められたのですが、このような設計は初めての挑戦でしたので、エンジニアたちの苦労は大変なものでした」
 しかし安井自身は、この時期を「毎日が楽しくて仕方なかった」と語る。
「学生時代は数学専攻だったので航空機のことは、正直あまり知りませんでした。しかし無人機の開発に携わらせてもらうことで設計に必要な知識を基礎から学ぶことができたのです」
 しかも、若いうちから重要な仕事を経験させてくれる会社の方針が、彼女の成長を促した。
「担当していたのは自動操縦モードの開発で、離陸や基地への帰還までも完全に無人で行うシステムをつくる仕事でした。航空工学に詳しくない私にとって無謀な挑戦だったかもしれませんが、幸い人には恵まれていて、優秀で親身になってくれる上司や同僚の適切なアドバイスにより、開発チームの一員として役目を果たせたと思います」
 そんな彼女の努力が周囲にも伝わり、飛行試験を行っていた小笠原諸島南端の硫黄島にも派遣された。
「そのころ、自衛隊の基地である硫黄島には女性の立ち入りがほとんど認められていませんでした。それでも上司は私に仕事の成果を見せようと、四方八方に手を尽くして硫黄島訪問を実現させてくれたのです」
 スケジュールの関係で改修したF104が飛ぶ姿を、直接、目にすることはできなかったものの、硫黄島でプロジェクトの成功を祝うバーベキューパーティーに参加できたのは「最高にうれしかったし、感謝の気持ちでいっぱいでした」と振り返る。

「人」を大切にし、小さな工夫を重ねることで組織を活性化する

 その後も彼女は航空機技術部でキャリアを重ねていく。エンジニアとしての最も大きな活動は、防衛庁(後の防衛省)が進めていた将来の飛行制御技術に関する開発プロジェクトに参画したことだ。
「このプロジェクトは、簡単にいえば最新の制御技術を駆使して航空機の安全性や機動性を高めようというもので、主翼のエルロンや垂直尾翼のラダー、水平尾翼のエレベータといった操縦に欠かせない装置の一部が不測の事態によって機能を失ったとしても、他の動翼などを操作して安全に飛行させることを目的にしていました。他にも、通常なら失速してしまうほどの姿勢になっても機体を確実にコントロールできる制御技術を完成でき、技術的にもチームワーク形成にも大きな成果をあげられたと思っています」
 そして2013年からは次長の職に就き、部長を補佐しながら航空機技術部全体の運営にあたっている。
「エンジニアに専念していたときと違い、今は派遣社員を含め350人のメンバーがいる職場で、人材や予算のマネジメントなど、部の運営にあたっています」
 中でも「人」の活性化は彼女が最も力を入れている仕事だ。
「人事戦略を考えることも重要ですが、明るく闊達な職場風土の形成にこだわっています。そのために私たちの部では小さな工夫を重ねることで職場の空気を良くしていければと真剣に考えています」
 例えば、若手社員から風土改革や顧客満足度向上に関する要望を募り実現していくエボリューション活動や、部長と若手が直接対話するオフサイドミーティングなど、本人曰く「手を変え品を変え」さまざまな試みに取り組んでいる。彼女がそこまで人と人との関係づくりにこだわるのは、キャリアパスには表れない辛い経験があったからだ。

写真:安井久子

お互いを信じ、助けあう風土が会社を強くする

「入社して30年近くになりますが、実はその途中、あまり仕事に集中できなかった時期がありました」
 大きな理由は、両親の看病や介護で職場を離れなければならないことが多くなったからだ。また本人の体調がすぐれなかった時期もある。
「そのときは毎日8時間、フルで働くのは無理でした。幸い、三菱重工には介護のための短時間勤務制度があったため会社を辞めないで済みましたが、開発など時間に縛られる仕事はできなくなったのです」
 それでも、すでに主任としてマネジメントの仕事も行っていたため、自分なりにできることを精一杯続けるしかないと安井は考えた。
「うれしかったのは、そんな状態でも上司や職場の仲間、そして夫も含めて誰一人『辞めたらどうか』といった言葉を口にすることはなかったことです。みんなが私の復帰を信じて待っていてくれた。だから今の私がいるのです」
 その後は、課長・次長と役職が上がっていったことで、管理の仕事に徹するようになった。
「一連の経験を通じて強く感じたのは三菱重工における人の魅力です。誰でも公平に扱い、やさしく接しながら、仕事面では切磋琢磨してお互いを成長させていく。そんな、暖かい人間関係があるからこそ、大きな仕事ができるのではないでしょうか。状況に合わせたスピード感ある変革の中にあっても、そんな風土は守っていきたいです」
 現在、航空機技術部で進めているのが先進技術実証機(ATD-X)の開発だ。将来の国産戦闘機に適用できる先進的な要素技術を実証するステルス研究機は、いよいよ初飛行を迎える。
「直接、開発に携わっている人も、そうでない人も、みんな一体となってその日を待ち望んでいます。次長である私の役目の一つは、そんな職場の意識をさらに高めていくことなのだと思います」

パーソナルデータ

プロフィール

写真:安井久子

家族共通の趣味は音楽で、休暇には大学生になった娘と同期入社で同じくエンジニアの夫と3人でオーストリアやスイスなど海外の音楽祭を訪れることが多い。また週末は事業所の若い社員たちと始めた「小走り隊」というサークルでランニングを楽しんでいる。ときには京都や富士山のあたりまで遠征することもある。

キャリア

1986
三菱重工に入社。航空機技術部基礎設計課に配属。入社2年目からF104戦闘機の無人機化改修工事における飛行制御系設計を担当。
1997
航空機技術部装備設計課/基礎設計課/飛行制御システム設計課で主任を務める。引き続き将来飛行制御技術に関する防衛庁研究に従事。
2008
航空機技術部飛行制御システム設計課/計画課で主席、主席チーム統括、課長を務める。引き続き将来飛行制御技術に関する防衛省研究に従事しながら、部および課の管理業務を行う。
2010
航空機技術部次長に就任(半年間は計画課長を兼務)。部長を補佐し部の運営にあたる。
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